売買契約の当日。買主に対して重要事項説明が行われているあいだ、売主は別室で待っていることがあります。
「売主様は聞かなくて大丈夫ですよ」と言われて。
これは間違った案内ではありません。ただ、聞かないまま進めると、後になって困ることがあります。 この記事では、売主が同席したほうがいい理由と、どう頼めばいいのかを整理します。
まず、売主に義務はありません
重要事項説明は、買主に対して行われる手続きです。宅地建物取引業法は、契約が成立するまでの間に、宅地建物取引士が買主に対して説明することを求めています。
売主には、説明を受ける義務も、説明をする義務もありません。 「聞かなくて大丈夫ですよ」と言われるのは、そのためです。案内として正確です。
売買契約書のほうも同じです。宅地建物取引士の記名は必要ですが、説明しなければならないという定めはありません。
つまり、売主が何も聞かないまま契約が完了することは、法律上まったく問題がありません。
それでも、契約が終わると話が変わります
問題が出てくるのは、後になってからです。
引渡しの後に、買主から何か言われたとします。設備の不具合、境界の位置、近隣の事情。そのとき争点になるのは、「聞いていた」「聞いていない」、そして「書面に書いてある」「書いていない」です。
買主に何がどう説明されたのかを売主が知らないと、その争いに入っていけません。 自分が伝えた内容が、どう書面になって、どう説明されたのか。そこを見ていないまま、責任だけが回ってきます。
契約不適合責任を負うのは、仲介した会社ではなく売主です。自分が告知した内容がどう扱われたかは、物件状況報告書の記事で書いたとおり、後から効いてきます。
同席すると、何が変わるか
「聞いても分からないから」と考える方もいます。ただ、変わる部分はいくつもあります。
①用語が分からないまま押印せずに済む
契約の場では、普段耳にしない法律用語が続けて出てきます。不慣れな売主が、その場で意味をつかむのは簡単ではありません。同じ内容を重要事項説明と契約書で二度聞くことになるので、一度目で分からなくても、二度目で像が結びます。
②売主の事情を知っている担当者からの説明になる
これまでのやり取りを踏まえた説明は、売主に寄り添ったものになりやすいものです。「この部分は、以前おっしゃっていた件です」と補足が入る。書面を読み上げるだけの説明とは、伝わり方が変わります。
③買主側の段取りが把握できる
住宅ローンの手続きをいつまでに行うか、融資の承認が下りなかった場合にどうなるか。買主に対して説明される内容は、売主のスケジュールにも直結します。 その場で聞いておけば、後から担当者に確認する手間が減ります。
④特約の案が、重要事項説明書に書かれていることがある
近年は、契約の特約をあらかじめ重要事項説明書に記載しておく形が増えています。特約は、売主の負担が変わる部分です。 契約書だけを見て、重要事項説明書を見ていないと、その経緯が分かりません。
⑤繰り返し聞くことで、事故が起きにくくなる
同じ内容を二度聞き、疑問があればその場で確認する。これだけで、行き違いによる後日のやり取りはかなり減ります。 実務の肌感として、契約後に揉める案件の多くは、契約の場で誰も口に出さなかったことから始まります。
そもそも、なぜ認識がずれるのか
重要事項説明でもめるとき、原因は「誰かが嘘をついた」ことではありません。同じ書面を見ていたのに、受け取り方が違っていた——これがいちばん多い形です。
書式が、会社ごとに違う
重要事項説明書に何を書くかは宅地建物取引業法が定めていますが、用紙の様式までは決まっていません。業界団体のひな形を使う会社もあれば、自社で作った様式を使う会社もあります。項目の並び順、備考欄の使い方、別紙の付け方は、会社ごとに違います。
ですから、前に取引したときと同じ場所に、同じことが書いてあるとは限りません。「いつもの書類」という感覚で見ていると、今回だけ別紙に移っている項目を見落とします。
説明の仕方にも、人の癖が出る
全文を読み上げる人もいれば、要点を拾って「あとは記載のとおりです」と進める人もいます。該当のない欄を「ここは関係ありません」と飛ばす人もいます。どれも違法ではありません。法律は説明することを求めていますが、どこをどう厚く話すかまでは定めていないからです。
リスクを丁寧に言う人と、さらっと触れる人とでは、同じ書面でも、聞いた側に残るものが変わります。しかも口頭で補った説明は書面に残らないので、後から確かめる手がかりもありません。
ずれのツケは、売主に返ってくる
設備の不具合、雨漏りの履歴、越境、近隣との取り決め——これらを本当に知っているのは売主だけです。売主が伝えたつもりのことが書面に落ちていなくても、その場にいなければ気づけません。
そして引き渡しのあとで食い違いが出たとき、買主が向き合う相手は売主です。契約不適合責任を負うのは売主だからです。
だから同席するのは、仲介会社を疑うためではありません。自分の物件について、何がどう伝わったのかを、自分で確かめておくためです。
頼むのは、契約日が決まった段階で
当日になって「聞きたいのですが」と言うのは、動きにくいものです。会場も時間も組まれています。
契約日が決まった時点で、伝えておいてください。
「契約のときに、宅地建物取引士の方から重要事項説明と契約書のご説明をいただきたいのですが」。この一言で足ります。
というのも、会社によっては「売主には説明しない」と決めているところがあります。 法律上の義務がない以上、方針としては筋が通っています。悪意があるわけではありません。だからこそ、こちらから求めなければ、そのまま進みます。
答え方そのものが、判断の材料になります
頼んだときに、どう返ってくるか。ここは見ておく価値があります。
- 「どちらでも構いませんが、ご同席されますか」——選択肢として示してくれている
- 「普通は聞かれないです」——慣習でそう言っているのか、同席させたくない事情があるのか
どちらが返ってくるかで、その会社が売主をどの位置に置いているかが見えます。 実務の肌感として、ここは分かりやすく差が出るところです。
同席できないときは
遠方に住んでいる、仕事が外せない。事情はあると思います。その場合でも、できることがあります。
- 重要事項説明書の写しを、事前に見せてもらう——当日に初めて見るより、目を通す時間が取れます
- 疑問点をメールで送っておく——その場で聞けない代わりに、書面で答えをもらう
- 契約書だけでも、不明な点を確認してから押印する——せめてここは譲らない
やり取りは、電話ではなくメールで残してください。記録の残し方は別の記事で書いています。
書面全体をどう点検するかは、5つの書面をまとめた記事にあります。
まとめ
- 重要事項説明は買主に対する手続き。売主に聞く義務も説明する義務もない
- 売買契約書についても、宅地建物取引士の説明義務は定められていない
- ただし契約後は「言った・言っていない」「書面にある・ない」で意味が変わる。責任を負うのは売主
- 会社によっては「売主には説明しない」方針がある。求めなければ、そのまま進む
- 頼むのは契約日が決まった段階。当日では動きにくい
- 同席できないなら、重要事項説明書の写しを事前に見せてもらう
聞かない選択が悪いわけではありません。時間の都合も、遠方という事情もあります。
ただ、聞かないことを自分で選んだのか、聞かないものだと思っていたのかでは、後から振り返ったときの納得がまるで違います。
選べる、ということを知っておいてください。決めるのは売主自身です。

