査定に来た担当者が、思っていた人と違った。
想像より若かった。女性だった。他社は3人で来たのに、この会社は1人だった。——どれも、こちらが勝手に描いていた人物像との差です。仕事の中身とは、まだ何の関係もありません。
それでも不安になります。その感覚は自然なものです。ただ、その不安を打ち消すために見ている材料のほうに、問題があることが多い——この記事はそこを書きます。
どの会社も、強みを出してきます
数社に査定を頼むと、それぞれが自分の強みを話します。大手であること、地元で長くやっていること、実績の数、店舗の数。
聞いているうちに、こう考えるようになります。「この会社なら、◯◯だから大丈夫だろう」。
その気持ちは当然ですし、一理あります。判断材料が限られているなかで、分かりやすい根拠にすがるのは、おかしなことではありません。規模には規模の強み、地域密着には密着の強みが、確かにあります。
ただ、実務の肌感として申し上げると、そのあとで「期待していたのと違った」と相談に来る方が、少なくありません。
あとから振り返ると、あいまいな言葉に期待していた
お話を聞くと、決め手になっていた言葉が、たいてい次のようなものです。
- 「任せてもらえれば大丈夫です」
- 「すでに具体的に検討している方がいます」(その言葉が何を意味するか)
- 「当社は大手ですから」
- 「地元で◯年、密着してやっています」
- 「同じマンションで、過去に成約実績があります」
どれも嘘ではありません。ただ、あなたの物件について何かを言っているわけでもありません。
なぜ実績が、保証にならないのか
ここが、いちばん伝えたいところです。
物件は、1つ1つ異なります。同じマンションの同じ間取りでも、階数が違えば眺望が違い、向きが違えば日当たりが違う。リフォームの有無も、残っているローンも、売る理由も、急いでいるかどうかも違います。
そして、同一マンション内に成約実績があるからといって——
- そのときの担当者が、今回もあなたの担当になるとは限りません
- そのときの売主と、あなたの事情は同じではありません
- そのときの市況と、いまの市況も同じではありません
条件が1つも同じではないのに、結果だけが同じになると考える理由がありません。
実績は会社のものであって、あなたの物件についての約束ではない。ここを分けて考えられるかどうかで、その後がかなり変わります。
ただし、担当者を責める話ではありません
ここまで読むと、あいまいな言葉を使う会社が悪いように見えるかもしれません。そうではありません。
物件が1つずつ違うのは、担当者にとっても同じです。だから「必ず◯◯万円で売れます」とは言えない。言えないから、言えることを言う。それが「大手ですから」であり「地元で◯年」なのです。
むしろ、言い切る人のほうが危ないことがあります。その典型が、相場より高い査定額を出して媒介契約を取り、あとから値下げを提案する形です(高値査定の仕組み)。あいまいさは、誠実さの裏返しであることもあります。
加えて、査定の場はたいてい1回、1〜2時間です。そこで選ばれなければ他社に決まってしまう。短い時間で分かりやすい強みを出すしかない構造になっています。
そして「当社は大手ですから」という言葉は、多くの場合会社が用意したもので、担当者個人が選んだ言葉ではありません。経験の浅い人ほど、会社の看板に頼る言い方になります。それは、その人の能力の話ではありません。
ですから、あいまいな言葉を責めても、何も解決しません。問題は言葉のほうではなく、それを「保証」として受け取ってしまうことのほうにあります。
なぜ、あいまいな言葉に期待してしまうのか
「なぜそんな言葉を信じてしまったのか」と、ご自身を責める方がいます。責める必要はありません。
これは正常性バイアスと呼ばれる働きで、誰にでも起こります。目の前のことを、いつもの範囲内のこととして処理してしまう心の動きです。
売却は非日常なのに、日常と同じ感覚で進んでしまう。「まあ普通に売れるだろう」「ちゃんとやってくれるだろう」。そうして、いつまでに売りたいのかも、いくらなら売るのかも、伝えないまま媒介契約に進みます。
担当者の側からすると、判断の材料がありません。材料が無ければ、返ってくるのは一般論になります。そして売主は、その一般論を聞いて「この人は頼りない」と感じる。この順番で起きていることが、少なくありません。
だから、時間を割く先を変えます
会社を比べることに使っている時間を、担当者と話すことに移してください。
そのために、来てもらう日までに5つだけ決めておきます。紙に書いて、当日そのまま読み上げてもかまいません。
①いつまでに売りたいか
期限があるのか、無いのか。それだけで提案が変わります。住み替えの入居日、相続の申告期限、転勤の日——決まっている日付があるなら、必ず先に言ってください。後から出てくると、組み直しになります。
②いくらなら売るか、どこまでなら下げられるか
希望額と、これ以下では売らないという線の2つです。数字が無いと、値下げの相談が「そろそろどうですか」という曖昧なものになります。ローンの残りがあるなら、その額も含めて伝えてください。
③なぜ売るのか
住み替え、相続、離婚、資金が要る——理由によって、優先すべきものが変わります。価格を優先するのか、時期を優先するのか。ここが決まっていないと、担当者は両方を追いかけることになります。
言いにくい事情があるなら、言える範囲で構いません。「急いでいます」「急いでいません」だけでも、伝わるものが違います。
④譲れない条件
引渡しの時期、置いていきたいもの、近隣に知られたくない、内覧は週末だけにしたい。こうした条件は、後から出すほど動かしにくくなります。
⑤連絡の頻度と方法
どのくらいの頻度で、どんな形で報告がほしいか。記録が残る形にしておくと、後から確かめられます(担当者とのやり取り、LINEで大丈夫ですか)。
書類の準備については、不動産会社に問い合わせる前の完全準備ガイドにまとめています。こちらは「意思」、あちらは「書類」です。
伝えたあとに、何を見るか
年齢でも、人数でも、会社の規模でも分かりませんが、伝えたあとの反応なら分かります。
こちらの事情を、自分の言葉で言い直せるか
「お急ぎということですね」ではなく、「3月の入居に間に合わせるとなると、逆算して1月には契約しておきたいですね」のように、こちらの事情を踏まえた形に変えて返ってくるか。理解していなければ、言い直せません。
できないことを「できない」と言うか
希望を全部「できます」と受ける人は、寄り添っているのではなく、合わせているだけのことがあります。
迎合は、寄り添いではありません。その典型が、相場より高い査定額を出して媒介契約を取り、あとから値下げを提案する形です(高値査定の仕組み)。その場で気持ちよくしてくれる人が、味方とは限りません。
反対に、「その価格だと、この時期までは難しいと思います」と理由つきで言える人は、あとで無理が出にくいものです。言いにくいことを言うほうが、その場では損だからです。
メモを取るか、次の段取りが出てくるか
聞いたことを書き留めるか。そして「では次はこうします」という段取りが返ってくるか。一般論で終わるか、こちらの話から組み立てられるか——その差は、年数とも人数とも別のところにあります。
印象だけで決めたくないときは
宅地建物取引士かどうか、その会社の従業者かどうかは、書面で確かめられます(売主が自分で確認できる5つの書面/専任の宅地建物取引士がいない会社)。
ただし、ここでも大事なのは書面の中身ではありません。求めたときに、どう反応するかです。すぐ出す人、理由を聞いてから出す人、戸惑う人——その差のほうが多くを語ります。同じことは、重要事項説明の場でも起きます。
選ぶのは、会社ではなく担当者です
あなたのかなえたいことに寄り添い、あなたの側に立って動いてくれる人を見つけること。売却の準備のなかで、いちばん時間を割く価値があるのは、ここだと考えています。
理解とは、こちらの話を自分の言葉で言い直せること。寄り添うとは、希望に沿おうとしながら、できないことはできないと言えること。この2つは、年齢とも、性別とも、会社の規模とも関係がありません。
そして、これを確かめるにはこちらが先に伝えている必要があります。何も言わずに座っていて、相手が理解しているかどうかは分かりません。
伝えてみて、返ってくるものが薄いと感じたなら、他社の話も聞いてみてください。複数社に会うことは、失礼なことではありません(不動産会社をどう選ぶか。3つの基準)。すでに媒介契約を結んだあとで迷っているなら、媒介契約の見直し判定に手元の数字を入れてみてください。
若いから、女性だから、1人で来たから——そのどれも、まだ何も確かめていないということでしかありません。確かめるための材料は、売主の側が先に出すことでしか生まれません。
決めるのは売主です。この記事は、決めるための材料を並べただけです。

