具体的な検討が始まると、買主から聞かれることがあります。
「この塀は、どちらのものですか」
何十年もそこにある塀。誰が建てたのかも、いつ建てたのかも、わからない。答えられない売主は、珍しくありません。
この記事は、その答えの出し方と、答えられないままにしておくと何が起きるかの話です。
位置は手がかりであって、答えではありません
まず、いちばん多い誤解から片づけます。
「自分の敷地の内側に建っているから、うちの塀だ」
これは、成り立たないことがあります。土地の所有権と、その上にある塀の所有権は、別の話だからです。
民法には、こう定められています。
(不動産の付合)
第二百四十二条 不動産の所有者は、その不動産に従として付合した物の所有権を取得する。ただし、権原によってその物を附属させた他人の権利を妨げない。
読むべきは、ただし書きです。
取り決めに基づいて他人が設置したものは、その人のものとして残ります。 自分の土地の上にあっても、当然に自分のものになるわけではありません。
昔は、話し合って建てています
ここが実務でいちばん効いてきます。
古くからある万年塀やブロック塀は、両家の親や祖父同士が話し合って、費用を出し合って建てていることがあります。
「互いの敷地境に建てましょう、費用は半分ずつで」。そういう取り決めが、当時はよくありました。
そして——その合意は、書面に残っていないことがほとんどです。 確認したくても当事者がいません。
境界からわずかに内側に入っているという事実だけでは、所有権がだれに帰属しているのか分かりません。
境界線の上にあるなら、共有と推定されます
位置がはっきり境界線の上なら、条文が働きます。
(境界標等の共有の推定)
第二百二十九条 境界線上に設けた境界標、囲障、障壁、溝及び堀は、相隣者の共有に属するものと推定する。
境界線の上にある塀は、隣の人との共有と推定されます。
「うちが建てたはずだ」と思っていても、それを示すものがなければ、共有として扱われます。
整理すると
- 境界線の上——共有と推定される(第229条)
- 隣の敷地の中——隣のものである可能性が高い。
- 自分の敷地の中——自分のものとは限らない。互いの合意のもと隣が設置したものなら、隣のものとして残る(第242条ただし書き)
つまり、どの位置であっても「確認せずに断定できる」ものはありません。
言い方を変えます。
自分の名義の土地に、境界より内側に建っている。その事実だけでは、所有権がどちらにあるかを断定することはできません。
これは越境している水道管と同じ構造です。境界線と所有権は、別々に決まります。
高さのある塀は、建て替えのときに必ず話題になります
昭和の住宅地に多いのが、万年塀です。コンクリートの支柱の間に板をはめ込んでいく形式で、当時はよく使われました。
いま問題になるのは、建て替えを前提に買う人がいるときです。
買主が新築を建てるなら、施工する会社が現地を見にきます。そこで塀について指摘が出ることが少なくありません。
- 高さがある——万年塀は背の高いものが多い
- 傾いている、板がずれている——経年で支柱が動く
- 新しい建物を傷つける恐れがある
- 倒壊の恐れがある
施工する側からすれば、当然の指摘です。そして、その指摘がそのまま「壊していいですか」という質問になって、売主のところへ来ます。
つまり——買主が壊さざる得ないのには、理由があります。 見栄えの問題だけではありません。
支えの部分が、どちらの敷地に出ているか
もうひとつ、見落とされる点があります。
塀は、それ自体では自立しません。控壁や支柱。支えのための部分が、どちらか片側に出ていることが多い。
ここで、こういうことが起きます。
- 控えがこちらの敷地に出ている——撤去のときに動かすのはこちら側。基礎が思ったより深く、費用が想定を超えることがある
- 控えが隣の敷地に出ている——撤去するには隣地の承諾が要ります。こちらの都合だけでは動かせません
塀の面が境界線に沿っていても、支えの部分はどちらかにはみだしてしまっている。 そこまで見て、初めて話が具体的になります。
撤去の見積もりを取るときは、控えや基礎まで含んだ金額かどうかを確認してください。 「塀の撤去」とだけ書かれた見積もりでは、後から追加になることがあります。
実際に起きるのは、この順番です
売主が自分で壊してしまう場合もありますが、実務でよく見るのは、もう少し先で起きる形です。
- 売却が決まる。内覧や引渡しの打ち合わせで、買主が塀を見る
- 買主が聞く。「こちらの塀は、売主様の所有されている塀ですか?新築に合わせて建て替える予定でいます。」
- 売主が答える。「はい。うちの敷地内ですから、ご自由になさってください。」
- 引渡しが終わり、買主が撤去して新しい塀を建てる
- 隣地から買主へ連絡が来る。「勝手に壊さないでほしい」
- 買主から売主へ連絡が来る。「聞いていた話と違う」
そして売主が驚く。 これが、いちばん多い形です。
なぜ、売主に返ってくるのか
売ったのだから、もう自分には関係ない。そう思っている時期に来ます。
理由は単純です。買主は、売主の言葉とその言葉に基づいた関連書類を根拠にして壊しているからです。
「ご自由にどうぞ」は、所有権について答えたことになります。 確認していなかったのに、断定した形になる。
そして塀は、壊してしまえば元に戻せません。 隣家との話は、失われたものを前提に始まります。
だから、答え方が決まっています
買主から「壊していいですか」と聞かれたとき。「ご自由にどうぞ」と言わないでください。
伝えるのは、これだけです。
「その塀については、どちらの所有か確認できていません。隣家にご確認のうえで判断してください」
分かっている範囲があるなら、それも添えてください。「境界より内側にあることは測量図で確認しています。ただ、誰が建てたかを示す資料は残っていません」。
これは、断るための言い方ではありません。 買主が自分で確認したうえで判断できるようにするための言い方です。
確認して問題がなければ、買主は壊せます。順番が変わるだけで、できることは変わりません。
そして、このやり取りは口頭で終わらせないでください。 同じ内容を物件状況等報告書で残す、重要事項説明書に記載してもらう、売買契約書に帰属について気さしてもらう、ここまで履歴に残した場合、事実を伝えた売主に責任が帰属することはありません。
「推定する」という言い方に、意味があります
条文は「共有とする」ではなく「共有に属するものと推定する」と書いています。
推定なので、反対の証拠があれば覆ります。
- 建てたときの工事の見積書や領収書
- 隣との間で交わした覚書
- 古い測量図や配置図で、塀の位置が分かるもの
こうしたものが残っていれば、単独の所有だと言えます。
問題は、たいてい残っていないことです。 建てたのが前の所有者だったり、何十年も前だったりします。
資料がないなら、共有として扱われる前提で考えてください。
共有だと、何が変わるのか
3つあります。
①勝手に壊せない、建て替えられない
共有物なので、相手の同意なしに撤去や建替えはできません。
「自宅の敷地内にある、つまり、私たちのものでしょう!」。この判断が、そのままトラブルになります。
②費用は、条文どおりにはなりません
民法には、費用の定めがあります。
(囲障の設置及び保存の費用)
第二百二十六条 前条の囲障の設置及び保存の費用は、相隣者が等しい割合で負担する。
これを読んで「折半なのだから、隣にも半分出してもらえる」と考えると、話が進みません。
「前条の囲障」と書いてあることに注意してください。 前条、つまり第225条はこういう場面です。
(囲障の設置)
第二百二十五条 二棟の建物がその所有者を異にし、かつ、その間に空地があるときは、各所有者は、他の所有者と共同の費用で、その境界に囲障を設けることができる。
これは、まだ何もない場所に、これから共同で囲障を設けるという規定です。
すでにある塀を、一方の都合で建て替える場面の話ではありません。
実務では、原則建て替えたい側が全額を負担します
ここは、はっきり書いておきます。
共有と推定される塀を建て替えるとき、実際にはこうなります。
- 共有者の同意は必要——勝手には建て替えられない
- 費用は、建て替えたい側が全額負担する
理由は単純です。隣家には、建て替える動機がないからです。
「買主が建物と合わせて雰囲気を統一したい」「倒壊して建物が破損したりしないように整えたい」。これは、こちらの事情です。 隣にとっては、今のままで困っていません。困っていない人に、半分出してくださいと交渉しに行っても受けいれていただけることは稀です。
ですから、折半を前提に話を持っていくと、そこで止まります。
話の出し方は、決まっています
求めるのは、お金ではなく同意だけです。
「将来、私もしくは私の権利を引き継ぐ人が、塀を建て替えたいとなった場合、一般的な条件下ならご同意いただけないでしょうか」
これなら、買主にとっても書面があるので安心ですし、売主様としてもトラブルの芽を摘むことで、お引き渡し後も安心できます。
逆に「塀は共有ですから塀の解体と立て直しに関する費用は半分お願いします」と切り出すと、同意そのものが遠のきます。 費用の話でもめて、建て替え自体ができなくなる。
③売るときに、伝える必要が出てくる
買主にとって、これは買う前に知りたい情報です。共有の塀があるということは、買った後に隣と相談しなければ動かせないものがあるということだからです。
古い塀は、資産ではなく負債になりえます
ここは、あまり意識されていません。
(土地の工作物等の占有者及び所有者の責任)
第七百十七条 土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。
読み方の要点は、ただし書きです。
占有者が注意を尽くしていた場合、責任は所有者に移ります。 そして所有者については、「注意していたから免れる」という逃げ道が書かれていません。
つまり——塀が倒れて誰かが怪我をしたとき、所有者は責任を負いやすい立場にあります。
共有と推定される塀なら、その責任も両方に及びます。
空き家にしている家では、この点がより重くなります(空き家のまま放置するとどうなるか)。誰も見ていない家の塀が傾いていても、気づく人がいません。
ブロック塀には、基準があります
もうひとつ、知っておくと見方が変わることがあります。
ブロック塀の構造は、法令で決まっています。 建築基準法施行令に、こう定められています。
- 高さは1.2メートルまたは2.2m以下
- 壁の厚さは15センチ以上(高さ2メートル以下の塀なら10センチ以上)
- 壁の中に、径9ミリ以上の鉄筋を縦横80センチ以下の間隔で配置する
- 長さ3.4メートル以下ごとに控壁を設ける(高さ1.2メートル以下の塀を除く)
- 基礎の丈は35センチ以上、根入れの深さは30センチ以上(同上)
控壁というのは、塀を支えるために垂直に突き出した 短い壁のことです。外から見て確認できます。
古い塀では、この基準を満たしていないことがあります。高すぎる、控壁がない、基礎が浅い。 建てた当時の基準では適法だった場合もありますし、最初から基準外だった場合もあります。
売主が見るのは、法令適合よりも「傾きとひび」
とはいえ、鉄筋の径や基礎の深さは、掘らなければ分かりません。売主が現実に見られるのは、外から分かる部分だけです。
- 高さ——1.2mを超えていないか
- 控壁——敷地の内側か外側か
- 傾き——ふくらみやはらみがないか
- ひび割れ——構造上不安な部分がないか
ここに該当があるなら、それは伝えるべき情報です。
売る前に、確かめる4つ
①塀は、境界線に対してどこにあるか
測量図があれば、そこに描かれています。無ければ現地で見ます。境界標が確認できるなら、そこから塀までの位置関係を見てください(境界確認の進め方)。
ブロック塀なら、基礎の中心が境界線上にあるのか、片側に寄っているのか。
②誰が建てたか、資料が残っているか
購入時の書類、リフォームの記録、古い写真。「うちが建てた」と言えるだけの根拠があるかどうかです。
前の所有者から引き継いだ家なら、そのときの資料も探してください。
③隣家に、聞く
ここを飛ばさないでください。 書類だけでは分からないことが、聞けば分かることがあります。
難しい話にする必要はありません。
「この塀のことなのですが、どちらが建てたものか確認したいのですが。」
相手も知らないかもしれません。それでも、聞いたという事実が残ります。 そして相手の家に資料が残っていれば、そこで出てきます。
親の代の話であれば、相手のほうが経緯を知っている可能性があります。 逆に、お互いに知らないこともあります。 そのときは、そこで確認は終わりです(後述します)。
覚書が残っていることもあります。逆に、隣が売却するときに覚書を求められた経験がある方もいるはずです(覚書に押印してほしいと言われたとき)。
聞いた内容は、日付とあわせて書き留めておいてください。 「◯月◯日、隣家の〇〇さんに確認。ご本人も経緯は不明とのこと」。これだけで、後から説明できます。
④傷み具合はどうか
ひび割れ、傾き、鉄筋の露出。見て分かる範囲で構いません。
直してから売るか、そのまま売って価格に反映するか。もちろん、聞いても、分からないことがあります
ここは、正直に書いておきます。
塀を建てたのが親の代であれば、話し合った当事者は、もういないことがあります。
隣家も代替わりしていて、経緯を知らない。こちらにも資料がない。相手にも残っていない。
この場合、答えは出ません。
調べれば必ず分かる、というものではないのです。それでも、確認する意味はあります。
「分からない」が確定することに、価値があります
何も調べていない状態と、調べたうえで分からなかった状態は、まったく違います。
後者には、3つの効果があります。
- 手を付けないという判断ができる。 分からないなら、壊さない。それだけで請求される事態を避けられます
- 買主にそう伝えられる。 「調べましたが、資料が残っておらず、隣家の方もご存じありませんでした」。これは十分な説明です
- 後から責任を問われにくくなる。 知らなかったことは、隠したことになりません
3つ目については、後ほど条文で説明します。
分からないという結論に、きちんと到達しておく。 それがこの確認の目的です。
分からないときは、「分からない」と伝える
調べても分からなかったなら、そのまま伝えてください。
「境界線上にありますが、どちらが建てたかを示す資料が残っていません」。これで十分です。
避けたいのは、分かっていることを言わないまま進めることです。
売買契約では、売主の責任を限定する特約を付けることがあります。ただし、民法にこう定められています。
(担保責任を負わない旨の特約)
第五百七十二条 売主は、(中略)担保の責任を負わない旨の特約をしたときであっても、知りながら告げなかった事実(中略)については、その責任を免れることができない。
知っていたのに言わなかったことは、特約があっても免責されません。
「隣ともめたことがある」「傾いているのを知っていた」「以前、修理の話が出て流れた」。こういうことは、書いておいてください。
書く場所は決まっています。物件状況報告書です。売主が自分で書く書面で、ここに書けば「告げた」ことになります。
引渡し後に何か言われたときの扱いは、契約不適合責任の記事にまとめています。
塀の話は、越境の話とつながります
塀の基礎が隣地にはみ出している。あるいは隣の塀がこちらに越えている。所有の話と越境の話は、同じ場所で同時に起きます。
地中の配管が隣地を通っていた、という形もあります(配管越境が売却直前に発覚した話)。
見えているものより、見えていないもののほうが多い場所です。 売り出す前に一度、境界のまわりを見ておいてください。
まとめ
- 位置は手がかりであって、答えではない。 土地の所有権と、その上にある塀の所有権は別
- 自分の敷地の中にあっても、自分のものとは限らない。 取り決めに基づいて隣が設置したものは、隣のものとして残る(民法第242条ただし書き)
- 古い万年塀やブロック塀は、両家の親同士が費用を出し合って建てていることがある。その合意は書面に残っていないことがほとんど
- 境界線上にある塀は、隣との共有と推定される(民法第229条)
- 「推定」なので資料があれば覆る。見積書・領収書・覚書・古い測量図。無ければ共有前提で考える
- 高さのある塀は建て替え時に必ず話題になる。 買主が新築するなら、施工会社が高さ・傾き・倒壊の恐れを指摘する。その指摘が「壊していいですか」になって売主に来る
- 支えの部分(控壁・支柱)は片側に出ていることが多い。 こちら側なら撤去費が想定を超えることがあり、隣地側なら承諾が要る。見積もりは控えと基礎を含むか確認する
- いちばん多いのは、買主が壊してから返ってくる形。 「壊していいですか」→「ご自由にどうぞ」→ 隣地から買主へ苦情 → 買主から売主へ、という順番
- 買主に聞かれたら「ご自由にどうぞ」と言わない。「どちらの所有か確認できていません。隣家にご確認のうえで判断してください」と伝え、メールでも残す
- 聞いても分からないことがある。 当事者が他界していれば、双方とも経緯を知らない。そのときは「分からない」で終えてよい
- 「調べていない」と「調べたが分からなかった」は別。 後者なら、手を付けない判断ができ、買主にもそう説明でき、隠したことにもならない
- 共有なら勝手に壊せない・建て替えられない。同意が要る
- 費用は折半にならない。 第226条は「これから共同で囲障を設ける」場面(第225条)の規定で、既にある塀を一方の都合で建て替える話ではない
- 実務では建て替えたい側が全額負担する。隣家には動機がないため。求めるのは同意だけ——「費用はこちらで全額負担しますので、ご同意いただけないでしょうか」
- 古い塀は負債になりえる。倒れて損害が出れば、占有者が注意していた場合は所有者が賠償(第717条)
- 売る前に確かめるのは①位置 ②建てた資料 ③隣家への確認 ④傷み具合。③を飛ばさない
- 分からないなら分からないと伝える。知りながら告げなかった事実は、免責特約があっても免れない(第572条)
塀は、毎日見ているのに、いちばん考えたことのないものかもしれません。
ただ、売るときには必ず聞かれます。そして、答えられないことそのものが問題になるのではありません。 調べもせずに「たぶんうちのです」と答えてしまうこと、そして確認しないまま手を付けてしまうことが、後から効いてきます。
越境している水道管と同じです。境界線と所有権は、一致するとは限りません。
分かることは調べる。隣家に聞く。分からないことは、分からないと伝える。それで足ります。 決めるのは、売主自身です。

