「隣の木の枝が、うちの敷地に入ってきている」。「うちのブロック塀が、少し隣にはみ出しているらしい」。
どちらも、住んでいるあいだは大きな問題になりません。枝は気になったら切ればいい、塀は何十年もそのままだった。実際、越境が問題として表に出るのは、たいてい売却の場面です。測量をしたとき、あるいは買主が現地を見たときに、初めて「これは越境ですね」と言われる。
この記事では、越境を告知しないまま売るとどうなるかを整理します。結論から言えば、越境は当事者どうしでしか解けないため、物件に付いた制約として次の所有者に引き継がれます。だから告知が必要になる、という順番で説明していきます。
前提:土地の所有権は「上下」に及ぶ
越境の話をするとき、最初に押さえておくと見通しがよくなるのが、所有権の範囲です。民法にこう書かれています。
(土地所有権の範囲)
第二百七条 土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ。
土地の所有権は、地面という平面ではなく、上下方向に広がりを持った立体だということです。だから越境も、平面の話では終わりません。起きる場所は3つに分かれます。
- 地中:水道管・ガス管などの埋設管、杭、基礎、浄化槽
- 地上:ブロック塀、フェンス、境界標、物置
- 上空:樹木の枝、庇(ひさし)、雨樋、エアコンの室外機
目に見える塀だけを見て「越境はない」と判断してしまうのは、この3層のうち1層しか見ていないことになります。実務の肌感として、売却直後にいちばん揉めやすいのは、見えない地中です。図面にも現況にも表れないまま、掘って初めて分かる。
なぜ越境は、見つからないまま売買まで進むのか
3層に分かれていて見えにくい、というのは物理的な理由です。ただ、それだけであれば測量と現地調査で拾えます。実際には、取引に関わる三者それぞれの立場に、越境が表に出にくい事情があります。
売主:調べる動機が働きにくい
売ると決めた土地について、問題を掘り起こす理由は、売主の側にはあまりありません。越境という概念そのものを知らないこともあります。知っていても、何をどう調べれば分かるのかが分からない。調べるとなれば測量の費用がかかる。この3つが重なると、着手しないまま売り出しに進みます。
買主:気にすべき事項かどうかの判断基準がない
買主の側には、越境が重要な事項なのかどうかを判断する材料がありません。取引の経験は売主よりさらに少ないことがほとんどで、「よくあることです」と説明されれば、そういうものかと受け止めます。
引渡し後に問題が表に出ても、誰に何を言えばいいのかが分からないまま、自分の負担で処理することになります。表に出ないので、件数としても残りません。
仲介:越境を扱うと、工程が増える
仲介の立場では、越境を扱うかどうかで作業量が変わります。
- 越境を指摘すると、売主にとっては歓迎されない情報になる
- 売主に解消を働きかけるより、価格を調整するほうが工程が少ない
- 越境の調査には知識と経験が要る。重要事項説明のための調査は外部への委託でも成立するため、現地の状況が担当者の目を通らないまま書面になることがある
- 越境がその後の建替えや資産価値にどう効いてくるかまで説明するには、さらに別の知識が要る
その結果、現地を見たうえで売主・買主それぞれのリスクまで説明が出てくるかどうかは、担当者によって差が出ます。売主の側からは、この差は質問すれば見えます。「現地は見ましたか」「隣地との境界はどうなっていますか」と聞いたときに、何が返ってくるか。
だから、先に把握しておく
三者とも、意図して見落とすわけではありません。それぞれの立場で、越境に触れない選択のほうが目先は軽い。だから残ったまま話が進みます。
売主にできるのは、この構造を前提に置いたうえで、先に把握しておくことです。越境があるかどうかを確認する。あるなら、どう扱うかを決めておく。覚書を交わすのか、現状のまま告知して売るのか。
先に決めておけば、決済前や引渡し後に持ち出されたときに、余計な精神的負担を負わずに済みます。後から出てくるほど、選べる手は減り、考える時間の余裕もなくなります。同じ越境でも、いつ手元に来るかで重さが変わります。
されている側でも、勝手には撤去できない
ここが、多くの方の直感とずれるところです。
自分の土地に隣の物が入ってきている。であれば、自分の土地なのだから自分で片付けてよさそうに思えます。ですが、越境してきている物そのものは、誰のものか調べてみなければわからない。自分の土地の上にあっても、他人の物であれば自分の判断で処分することはできません。撤去は「する」ものではなく「請求する」もので、そこには交渉と時間が要ります。
例外として整理されているのが、竹木です。
(竹木の枝の切除及び根の切取り)
第二百三十三条 土地の所有者は、隣地の竹木の枝が境界線を越えるときは、その竹木の所有者に、その枝を切除させることができる。
(中略)
4 隣地の竹木の根が境界線を越えるときは、その根を切り取ることができる。
読み比べると分かりますが、枝は「切除させることができる」=相手に請求する、根は「切り取ることができる」=自分で切れると書き分けられています。同じ一本の木でも、地上に出ている枝と地中の根で扱いが違う。ここは条文を読まないと、まず気づかないところです。
している側には、突然の費用が生じる
逆の立場も見ておきます。自分の塀や樹木が隣にはみ出している場合です。
この状態は、隣の方から撤去を求められうる状態です。求められた時点で、費用の見積もりが必要になります。ブロック塀や建物の基礎が絡むと、撤去だけでは済まず、代わりの構造をどうするかという話になり、金額が読みにくくなります。
そしてもう一つ、金額に表れない部分があります。隣地との関係は、売却したあとも土地に残り続けます。売主が入れ替わっても、隣の方はそのままそこに住んでいます。関係がこじれた状態を、そのまま買主が引き継ぐことになる。
だから越境は「物件に付いた制約」として引き継がれる
ここまでを一つにまとめます。
越境は、当事者どうしの交渉でしか解けません。役所が代わりに撤去してくれるわけでも、売買契約を結べば自動的に消えるわけでもない。ということは、越境は物件から切り離せないということです。
買主が引き継ぐのは、越境という物理的な状態だけではありません。その交渉相手と、これまでの経緯ごと引き継ぎます。「話し合いがついているのか」「相手は何と言っているのか」「書面はあるのか」。これらは、買主にとって購入を判断するための情報です。
告知しなかった場合、買主にとっては「聞いていない制約が付いてきた」状態になります。契約の内容に適合していない、という話になり、契約不適合責任の問題に移ります。越境を告知するかどうかは、マナーの話ではなく、責任の所在が動く話です。
3層それぞれで、2023年の改正が動かしたもの
2023年4月に施行された民法の改正で、相隣関係のルールが整理されました。動いた柱が、ちょうど地中・地上・上空に1本ずつ対応しています。
地中:ライフラインの設備を、他人の土地に置く権利
(継続的給付を受けるための設備の設置権等)
第二百十三条の二 土地の所有者は、他の土地に設備を設置し、又は他人が所有する設備を使用しなければ電気、ガス又は水道水の供給その他これらに類する継続的給付(中略)を受けることができないときは、継続的給付を受けるため必要な範囲内で、他の土地に設備を設置し、又は他人が所有する設備を使用することができる。
他人の土地を通さないと水道や電気を引けない土地について、設備を設置・使用できることが条文で明確になりました。ただし、損害が最も少ない場所と方法を選ぶこと、あらかじめ通知すること、償金を支払うことがセットで定められています。分割によってそういう土地が生じた場合の規定(第二百十三条の三)も置かれました。
売却の場面では、「うちの水道管が隣の土地を通っている」という状態に、条文上の位置づけができたという意味を持ちます。埋設管の越境については別の記事で詳しく書いています。
地上:境界の調査や工事のために、隣地を使える
(隣地の使用)
第二百九条 土地の所有者は、次に掲げる目的のため必要な範囲内で、隣地を使用することができる。ただし、住家については、その居住者の承諾がなければ、立ち入ることはできない。
一 境界又はその付近における障壁、建物その他の工作物の築造、収去又は修繕
二 境界標の調査又は境界に関する測量
三 第二百三十三条第三項の規定による枝の切取り
境界の測量や、境界付近の塀の工事のために、隣地を使用できることが明記されました。あわせて、日時・場所・方法をあらかじめ通知すること、損害が最も少ない方法を選ぶこと、損害があれば償金を請求できることが定められています。
売却実務では、測量のために隣地に立ち入る必要が出たときの根拠になります。ただし住家への立入りには居住者の承諾が要る、という但し書きは残っています。
上空:枝を、条件付きで自分で切れるようになった
改正前は、越境した枝は所有者に切除してもらうしかありませんでした。改正後は、第二百三十三条第三項として、次の場合に自分で切り取れることになりました。
- 竹木の所有者に切除するよう催告したが、相当の期間内に切除しないとき
- 竹木の所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないとき
- 急迫の事情があるとき
「催告」が要件に入っている点は、押さえておく価値があります。連絡もせずに切ってよくなったわけではありません。
越境ではないけれど、同じ「上下」の話
先ほどの第二百七条をもう一度見ると、「法令の制限内において」という一句が入っています。所有権は上下に及ぶが、無制限ではない、ということです。越境そのものではありませんが、同じ上下方向の話として、売却前に確認しておく価値があるものが2つあります。
地上:都市計画道路の計画線
将来の道路として都市計画に定められた区域が、敷地にかかっていることがあります。都市計画法では、都市計画施設の区域内で建築物を建てようとする者は、都道府県知事等の許可を受けなければならないとされています(第五十三条)。
何十年も事業が始まらないまま、計画だけが残っている区域もあります。今は普通に建物が建っていても、建て替えのときに制限がかかる。買主にとっては、購入の判断に関わる情報です。
地中:大深度地下
一定より深い地下については、公共の事業のために使用する手続が別の法律で定められています。その「大深度地下」の定義は、条文でこう置かれています。
(定義)
第二条 この法律において「大深度地下」とは、次の各号に掲げる深さのうちいずれか深い方以上の深さの地下をいう。
一 建築物の地下室及びその建設の用に通常供されることがない地下の深さとして政令で定める深さ
二 当該地下の使用をしようとする地点において通常の建築物の基礎ぐいを支持することができる地盤として政令で定めるもののうち最も浅い部分の深さに政令で定める距離を加えた深さ
建物の地下室として通常は使われない深さと、基礎ぐいを支えられる地盤の最も浅い部分に一定の距離を加えた深さ。そのいずれか深いほうより下、という考え方です。具体的な数値は政令で定められています。
その深さであれば地表への影響はない、という前提で組み立てられた制度ですが、2020年に東京外環道の工事区間で地表の陥没と地下の空洞が確認され、その前提が問われることになりました。自分の土地の下を事業区域が通っているかどうかは、調べれば分かります。
いずれも越境とは別の主題なので、ここでは触れるにとどめます。上下方向には、越境のほかにも確認しておくことがある、という位置づけです。
売却の実務では、いつ、何に書くか
越境を告知する場所は、主に2つです。
物件状況等報告書(告知書)。売主が物件の状態を買主に伝える書面で、越境の有無はここに書きます。「隣地から枝が越境している」「当方のブロック塀が越境している可能性がある」といった事実を、分かる範囲で書く。分からないことは「不明」と書く欄があります。
越境の覚書。隣地の方と交わす書面です。現在の越境の状態を図面などで確認したうえで、将来建て替えるときに撤去する、といった取り決めを残します。この書面があると、買主は「いつか解決される見込みがある」と判断できるようになります。
発覚のタイミングによって、止まるものが変わります。実際の場面では、こんなことが起きます。
- 売り出し前の測量で発覚:最も軽い。隣地と話し合う時間があり、覚書を用意してから売り出せる
- 買主が決まったあと、決済前に発覚:決済日が動きます。買主が住宅ローンを使っている場合、金融機関への説明が必要になることもある
- 引渡し後に発覚:契約不適合責任の話になります。告知していたかどうかが、ここで効いてきます
まとめ
越境は、見つけた時点では「困りごと」ですが、売却の場面では「引き継がれる制約」に変わります。当事者どうしでしか解けないからこそ、買主にとっては判断材料になり、告知の対象になる。
やることは、そう多くありません。まず、地中・地上・上空の3層で自分の土地を見直してみる。心当たりがあれば、それが越境かどうかは分からなくても、分からないまま不動産会社に伝える。そのうえで、覚書を用意するのか、現状のまま告知して売るのかを選ぶ。
越境があるから売れない、ということではありません。越境がある状態を、買主が分かったうえで買えるようにするのが、売主の側でできる準備です。早い段階で手元に置いておけば、選べる手も、考える時間も残ります。決めるのは売主自身です。

