「レインズという共有データベースがあるのに、なぜ一般の人は見られないんですか」——この素朴な疑問に、正面から答えた記事はあまり見かけません。
この記事では、日本の不動産取引の透明性を世界と比べながら、なぜレインズが閉じているのか、そして海外——特にアメリカ——では何が違うのかを解説します。結論を先に言えば、問題は「閉じていること」自体ではありません。閉じるか開くかを、誰が選んでいるかです。
日本の不動産透明性は「世界12位」——でも、実感と合うだろうか
世界的な不動産サービス会社JLLが隔年で公表している「グローバル不動産透明度インデックス(GRETI)」という調査があります。2022年版で、日本は89の国・地域中12位。調査史上初めて、最上位の「高透明(Highly Transparent)」グループに入りました。制度や法律の整備という点で、日本は世界トップ級と評価されているのです。
ところが、同じ調査の分野別評価を見ると、景色が変わります。2024年版で日本は「パフォーマンス測定」7位、「規制・法制度」12位と高評価の一方、「取引プロセス」や「市場データ」の分野ではトップ20圏外に落ちています。JLLの日本法人自身が、不動産取引データの開示改善を課題として挙げているほどです。
つまりこういうことです。日本は、制度は透明。しかし取引の中身になると、途端に見えなくなる。このギャップの中心にあるのが、レインズの閉鎖性です。
海外の買主が日本の取引で驚くこと
このギャップは、数字の上だけの話ではありません。実務で海外の顧客と取引をすると、彼らは日本の商慣行に驚き、同じ質問を繰り返します。私が実際に受けてきた「なぜ」を、そのまま並べます。
- 「なぜ、物件資料をいちいち相手の会社に請求しなければならないのか」——彼らの感覚では、共有データベースに登録された物件の資料は、そこから直接取得できるのが当たり前です。日本では図面ひとつ手に入れるにも、元付会社に連絡し、返事を待つことになります。
- 「なぜ、頼んでも資料をもらえないことがあるのか」——請求しても「確認します」のまま返ってこない。情報を出すかどうかの裁量が、元付会社の側にあるからです。
- 「なぜ、今どきFAXなのか」——物件資料や申込書のやり取りが、いまだにFAXで行われる場面が残っています。
- 「なぜ、売り出された物件がすぐに共有されないのか」——登録までに数日の期限が認められており、その間に情報が一部の顧客だけに紹介されることもあります。
ひとつひとつは小さな商慣行です。しかし積み重なると、「登録されているのに、情報が流れない」という日本特有の状態を作ります。JLLの分野別評価で「取引プロセス」の点数だけが落ち込むのは、まさにこの積み重ねが評価されているのだと、現場にいる人間としては感じます。
アメリカの仕組み:MLSも「業者専用」。でもデータは流れる
「アメリカは不動産情報がオープンだ」とよく言われます。ただ、正確に理解しておきたいのは、アメリカの共有データベースであるMLS(Multiple Listing Service)も、レインズと同じく不動産業者向けのシステムだということです。一般の人がMLSに直接ログインすることはできません。
では何が違うのか。決定的な違いは2つあります。
違い①:データが一般向けサイトに配信される。MLSに登録された物件情報は、ZillowやRealtor.comといった消費者向けサイトに自動配信されます。データベース自体は業者専用でも、中身は事実上、誰でも見られる。日本のように「レインズには載っているが、一般の人には見えない」という断絶がありません。
違い②:成約価格が公的記録として残る。アメリカの多くの州では、不動産がいくらで売れたかは公的な記録で誰でも確認できます。日本では成約価格は原則非公開で、限られた成約事例情報を除けば、隣の家がいくらで売れたのかを正確に知る手段はほぼありません。
アメリカにも「クローズドな売り方」はある
一方で、「アメリカはすべてオープン」というのも正確ではありません。MLSに載せずに売る「ポケットリスティング」と呼ばれる私的販売は昔から存在し、合法です。著名人や経営者など、売却を公にしたくない売主が、代理人の人脈の中だけで静かに買主を探す——そういう売り方は、アメリカでも普通に行われています。
ただし、ここからが重要です。この「クローズドな売り方」には、ルールとデータが付いています。
まず、全米リアルター協会のルール(クリア・コーポレーション・ポリシー)により、何らかの公開マーケティングを行った物件は、1営業日以内にMLSへ登録する義務があります。「表では売り出しているのに、データベースには載せない」——日本の囲い込みにあたる状態が、ルールで塞がれているのです。
そして、調査によればMLSに載せずに売られた住宅は、載せた同等物件より17%前後安く売れているというデータがあります。買主候補が減れば競争が減り、価格に跳ね返る。クローズドで売る自由はあるが、そのコストは数字で示されている——これがアメリカの状態です。
日本でも「静かに売る」は正当な選択肢
誤解のないように書いておくと、日本でもクローズドに売ること自体は、まったく正当な選択肢です。
近隣に売却を知られたくない、テナントに知られたくない、相続や離婚の事情で静かに進めたい——実務ではよくあるニーズです。一般媒介契約ならレインズへの登録義務はそもそもありませんし、専任系の契約でも「売主都合で一時紹介停止中」という正規の区分が用意されています(取引状況の仕組みはこちら)。
問題は、クローズドであること自体ではないのです。
違いは「誰が選ぶか」——それだけ
ここまでの話を一枚にまとめると、日米の違いはこうなります。
アメリカでは、クローズドに売るかどうかを売主が選びます。しかも「MLS外は17%前後安くなる傾向がある」というコストを知ったうえで、プライバシーと天秤にかけて決める。選択の主体と判断材料が、売主の手にあります。
日本では、どうでしょうか。売主は「レインズに登録しました」と報告を受け、公開されているつもりでいる。しかしその裏で、図面が付いていなかったり、他社からの問い合わせが止められていたりする(囲い込み)。つまり売主の知らないところで、事実上のクローズドが作られる。選んでいないのに、17%を失うリスクだけ負わされている状態です。
透明性とは、すべてをオープンにすることではありません。開くか閉じるかを、当事者である売主が選べること。日本の不動産取引に足りないのは、この一点だと私は考えています。
なぜ変わらないのか
「では、レインズを一般公開すればいいのでは」と思うかもしれません。しかし、それは簡単には起きないでしょう。情報の非対称性は業界の収益構造の土台であり、開示を充実させるほど自社の取り分が減る構造のなかで、変える動機を持つプレーヤーが業界の内側にいないからです。誰かが悪いというより、変わるインセンティブが存在しない。それが実情です。
それでも、変化の兆しはあります。囲い込みへの規制は強化される方向にあり、取引状況の虚偽登録への監視は厳しくなりました。時間はかかっても、方向としては「売主が確認できる範囲」は広がってきています。
あなたの物件は、あなたが選んだ形で公開されていますか?
制度を変えることは、一人の売主にはできません。しかし、自分の物件がいまどういう状態で公開されているのかを確認することは、今日からできます。
登録証明書を受け取っているか。図面まで含めて登録されているか。取引状況は「公開中」になっているか。それを売却依頼主用の確認画面で自分の目で見る。もし証明書を渡されていないなら、請求する権利があります。
「公開されているつもり」と「公開されていることを確認した」の間には、大きな差があります。世界12位の透明な国で、あなたの物件だけが見えなくなっていないか——それを確かめられるのは、あなただけです。
「売主の知らないところ」は、どう作られるか
問題は、売主の知らないところでクローズドな状態が作られることだと書きました。それが具体的にどう起きるのかは、別の記事にまとめています。
なぜ不動産会社はレインズに登録したがらないのか。理由は、売主の側ではなく会社の側の事情にあります。
そしてポータルサイトに出ているからレインズにも出ている、とは限りません。売主が見ている画面と、買主側の会社が見ている画面は別のものです。
まとめ
- 日本の不動産透明性は制度面では世界トップ級(JLL調査で12位)ですが、取引プロセスの分野では評価が大きく落ちます。
- アメリカのMLSも業者専用ですが、データが一般サイトに配信され、成約価格も公的に確認できる点が決定的に違います。
- アメリカにもクローズドな売り方はあります。ただしルールで統制され、「MLS外は17%前後安い」というコストも示されています。
- 日本でも静かに売ることは正当な選択肢です。問題は、売主の知らないところでクローズドが作られること。
- 透明性とは「売主が選べること」。自分の物件の公開状態を、登録証明書と確認画面で確かめてください。

