売却の相談を重ねているうちに、担当者とはすっかり顔なじみになります。ただ、こう聞かれたことはないでしょうか。
その会社の事務所に、専任の宅地建物取引士はいますか。
担当者本人が宅建士かどうかとは、別の話です。そして、公表されている行政処分の記録を集計すると、この点に関する違反がいちばん多いという結果になりました。
事務所ごとに置く義務があります
宅地建物取引業法の条文です。
(宅地建物取引士の設置)
第三十一条の三 宅地建物取引業者は、その事務所その他国土交通省令で定める場所(中略)ごとに、事務所等の規模、業務内容等を考慮して国土交通省令で定める数の成年者である専任の宅地建物取引士を置かなければならない。
ここでの「専任」は、その事務所に常勤し、宅地建物取引業の業務に専ら従事するという意味です。名前を借りているだけ、他社と兼務している、という状態は想定されていません。
必要な人数は国土交通省令で定められています。事務所の規模に応じて決まる仕組みです。
なお、会社の代表者や役員が宅建士である場合は、その人が主として業務を行う事務所については専任の宅地建物取引士とみなされます(同条第2項)。小さな会社では、この形が多くあります。
欠けたら、2週間以内
同じ条文の第3項に、期限が書かれています。
3 宅地建物取引業者は、第一項の規定に抵触する事務所等を開設してはならず、既存の事務所等が同項の規定に抵触するに至つたときは、二週間以内に、同項の規定に適合させるため必要な措置を執らなければならない。
退職や異動で足りなくなることは、実務では起こり得ます。問題は、そこから2週間以内に手を打つかどうかです。
実際には、年単位で放置されています
国土交通省と各都道府県が公表している行政処分の記録を、当サイトで集計しました。272件のうち、この第31条の3の違反を理由に挙げているものが46件(16.9%)。条文別では最多です。
公表された処分理由から、実際に起きていたことを挙げます(会社名は伏せます)。
- 専任の宅地建物取引士が不足したのに、必要な措置を講じないまま約4年10か月が経過していた
- 同じく約4年7か月。別の会社では約3年7か月、約3年1か月
- 唯一の専任の宅地建物取引士が退職した翌日から、約11か月不在の状態だった
- 専任の宅地建物取引士を置かないまま業務を継続し、あわせて重要事項説明書を、すでに退職した宅地建物取引士の氏名を用いて作成していた
2週間という期限に対して、年単位です。 うっかり期限を過ぎた、という水準ではありません。
最後の1件は、売主・買主の側からは、まず気づけない類のものです。書面に名前が載っている宅建士が、その時点で在籍していない。署名や記名があること自体は、在籍していることの証明にはなりません。
売主にとって、これが何を意味するか
専任の宅地建物取引士は、その事務所で法律上の説明や書面の作成を担う立場です。いないということは、その体制が整っていないということになります。
そして、より重いのは期間のほうです。2週間で手を打つべきことを何年も放置していたということは、会社として管理が働いていないことを示します。
これは会社を疑ってくださいという話ではありません。他の手続きがどう扱われているかを推し量る材料になる、という話です。書面の交付、レインズへの登録、報告。どれも同じ管理体制の上で行われます。
宅建士がいないことで、売主が負うもの
「会社の体制の話でしょう」と思われるかもしれません。ただ、不利益を受けるのは売主です。 4つ挙げます。
①買主から、売主が請求される
買主に対する説明が十分でなかった場合、後から問題になったときに買主が求めるのは、代金の減額や契約の解除です。その相手は、仲介した会社だけではありません。売主本人です。
契約不適合責任を負うのは売主だからです。説明が曖昧だったせいで買主が「聞いていない」と主張したとき、矢面に立つのは売った側になります。
②「知っていたはずだ」と言われる
売主と買主のあいだで言い分が食い違ったとき、売主の側の落ち度を問われることがあります。
宅地建物取引士が同席していないことを認識しながら契約を進めたのであれば、そこを指摘される余地が生まれます。気づかなかった場合よりも、気づいて進めた場合のほうが説明が難しくなるという、逆転が起きます。だからこそ、その場で止めるという判断が要ります。
③高く売れる提案が出てこない
これは見えにくい不利益です。
宅地建物取引士は、宅地建物取引業法だけでなく、民法、借地借家法、区分所有法、都市計画法、建築基準法、税に関する法令などを学んだうえで資格を得ています。価格に影響する要素を拾えるかどうかは、この知識の差に直結します。
用途地域の条件、接道の状況、法令上の制限、権利関係の整理。これらを読み取れなければ、その物件の良い条件も見落とされます。 安く売られるというより、高く売れるはずだった部分が提案に上がってこないということです。
④売主を守る前提が欠ける
宅地建物取引士は、法律の知識を備えていることを国が確認した資格です。その資格を持たない人が手続きを進めるということは、判断の前提になる法律リテラシーがない状態で進むということになります。
売主が守られるかどうかは、多くの場合、書面の作り方と説明の仕方で決まります。そこを担う人が資格を持っていないなら、守られる仕組みの側が最初から欠けていることになります。
確かめる方法は、2つあります
①目の前の担当者が宅建士かどうか
これは、その場で確認できます。宅地建物取引士証の提示を求めれば済みます。名刺に「宅地建物取引士」と書かれているかどうかは、確認の材料になりません。
確認の仕方は5つの書面をまとめた記事で詳しく書いています。
②会社の体制は、宅建業者名簿で確認できます
こちらはあまり知られていません。宅地建物取引業者名簿は、誰でも閲覧できます。
(宅地建物取引業者名簿等の閲覧)
第十条 国土交通大臣又は都道府県知事は、国土交通省令の定めるところにより、宅地建物取引業者名簿(中略)を一般の閲覧に供しなければならない。
閲覧できる場所は、その会社の免許を出しているところです。都道府県知事免許なら都道府県庁の担当課、国土交通大臣免許なら地方整備局です。免許番号を見れば、どちらかが分かります。
名簿には、免許の情報のほか、行政処分を受けたことがあるときは、その年月日と内容も登載されます(第8条第2項第4号)。処分歴を調べる別の方法として使えます。
もう一点。専任の宅地建物取引士に関する事項に変更があった場合、30日以内に届け出る義務があります(第9条第1項)。実際の処分事例には、この変更届を出していなかったケースも含まれていました。
ネットで調べる方法については行政処分歴を無料で調べる記事にまとめています。名簿の閲覧は、それを補う手段だと考えてください。
聞いてしまうのが、いちばん早い
名簿を見に行くのが手間なら、直接聞いても構いません。答えられて当然の質問です。
- 「御社の専任の宅地建物取引士は、どなたですか」
- 「重要事項説明をしていただくのは、その方ですか」
- 「私の担当は、宅地建物取引士の資格をお持ちですか」
実務の肌感として、ここで言いよどむ会社はほとんどありません。 体制が整っている会社にとっては、なんでもない質問だからです。逆に答えが濁るなら、それ自体が情報になります。
契約の場では、売主にも見えます
名簿を見に行かなくても、確かめられる場面があります。売買契約の当日です。
その日の流れは、たいていこうなります。買主に対する重要事項説明があり、売買契約書に署名押印をして、その書面が両当事者に交付される。売主も同席するのが通常です。 このとき、誰がその場にいるかを見ることになります。
売買契約が成立すると、売主にも書面が交付されます。売買契約書です。宅地建物取引業法の第37条で定められているため、実務では37条書面とも呼ばれます。この書面について、条文はこう定めています。
第三十七条
3 宅地建物取引業者は、前二項の規定により交付すべき書面を作成したときは、宅地建物取引士をして、当該書面に記名させなければならない。
売主が受け取る契約書面にも、宅地建物取引士の記名が必要です。買主に対して行われる重要事項説明についても、条文は「宅地建物取引士をして……説明をさせなければならない」としています(第35条第1項)。
ここで、正確に書いておきます。売買契約書(37条書面)について、宅地建物取引士が説明しなければならないという定めはありません。 条文が求めているのは記名までで、交付や説明は宅地建物取引士以外の従業員が行っても、法律上の問題は生じません。記名する宅建士が、重要事項説明を行った人と同じである必要もありません。
それでも契約の場面に宅地建物取引士が関わることになるのは、買主への重要事項説明が宅建士でなければできないからです。売主が見ているのは、その場面です。
だからこそ、そこに宅建士がいない、あるいは書面に記名された人物が姿を見せない、という状態は売主の側から見えます。
確かめる権利も、条文にあります。
(宅地建物取引士証の提示)
第二十二条の四 宅地建物取引士は、取引の関係者から請求があつたときは、宅地建物取引士証を提示しなければならない。
売主は取引の関係者です。請求すれば、提示されます。
説明を受けたいなら、あらかじめ請求しておく
当日になって気づいても、動きにくいものです。説明を受けたいなら、契約日が決まった段階で伝えておくのがいちばん確実です。
会社によっては「売主には説明しない」と決めているところがあります。法律上の義務がない以上、方針としては筋が通っています。求めなければ、そのまま進みます。
売主が重要事項説明に同席する意味と、頼み方については、別の記事で詳しく書いています。
当日、いないと分かったら
事前に伝えていても、当日になって宅地建物取引士が同席していないと分かることがあります。
そのときは、可能であれば日を改めてもらうことを検討してください。 契約が成立してしまうと、後から確かめようがなくなるためです。
後から「宅建士はいなかった」と主張しても、証明する手立てがありません。
相手が「担当の宅地建物取引士は同席していました」と述べれば、そこで水掛け論になります。契約の場に誰がいたかは、記録がなければ確かめようがない。その場で確認しなかったという一点だけが、後から動かせない事実として残ります。
日程を動かせない事情もあると思います。その場合はせめて、次のことをしておいてください。
その場ですること
難しいことではありません。契約の日に、これだけ行ってください。
- 宅地建物取引士証の提示を求める(第22条の4。請求すれば提示されます)
- 氏名と登録番号を控える
- 売買契約書(37条書面)に記名されている宅建士と、目の前の人が同じかを確かめる
- その日のうちに、確認した内容をメールで送って記録に残す
メールは一文で足ります。「本日の契約時に、宅地建物取引士の◯◯様より取引士証のご提示をいただきました」。これだけで、後から確かめられる材料になります。
提示を求めることは、失礼にはあたりません。条文で提示義務が定められている以上、求められる前提の書類です。
雲泥の差が生まれるのは、契約の内容そのものではなく、その場で確認して記録を残したかどうかです。
まとめ
- 事務所ごとに専任の宅地建物取引士を置く義務がある(第31条の3第1項)
- 欠けたら2週間以内に措置を執らなければならない(同第3項)
- 公表272件のうち46件(16.9%)がこの違反を挙げており、条文別では最多。実際には年単位で放置されていた例がある
- 退職した宅建士の名前で書面が作られていた例もある。記名があること自体は在籍の証明にならない
- 宅地建物取引業者名簿は誰でも閲覧できる(第10条)。処分歴も登載される(第8条第2項第4号)
- 契約の場面には必ず宅建士が関わる(重要事項説明=第35条第1項、売買契約書への記名=第37条第3項)。取引の関係者は宅建士証の提示を請求できる(第22条の4)
- 手っ取り早いのは、直接聞くこと
担当者が親切かどうかと、会社の体制が整っているかどうかは、別のことです。どちらも大事ですが、確かめ方が違います。
体制のほうは、聞けば分かります。聞いたうえでどう判断するかは、売主が決めることです。

