媒介契約を結ぶと、売主は「物件状況報告書」という書類を渡されます。雨漏り、シロアリ、給排水管の不具合、増改築の履歴——物件について知っていることを記入していく書類です。
渡されるのは売却活動を始める時点ですが、この書類が意味を持つのは、契約から引き渡しの後まで続きます。そして実務でよく起きるのが、売主本人ではなく不動産会社が記入してしまうという状況です。この記事では、なぜそれが起きるのか、そのとき何が売主に残るのか、そして「こちらで書いておきます」と言われたらどう判断すべきかを整理します。
- 物件状況報告書とは、何のための書類か
- 情報は、途中で止まることがある
- 会社選びの段階から、この書類は使える
- 代筆は、両方向から生まれる
- 誰が書いても、責任は売主に残る
- 何が起きるのか——「言った」ことすら、証明できない
- 実際に何を請求され得るのか
- 会社に非がないとは言えない。しかし、それを追及しても救われない
- 会社が味方でいるとは限らない
- 「こちらで書いておきます」と言われたら
- 不動産会社は「代筆者」ではなく「相談役」として使う
- 買取であっても、同じです
- 「後から発覚しなければいい」は、成り立たない
- 知りながら書かなかったことは、免責されない
- 早く出すほど、価格の根拠になる
- では、何をすればいいのか
- それでも、書かない選択について
物件状況報告書とは、何のための書類か
物件状況報告書(告知書と呼ばれることもあります)は、売主が知っている物件の状態を、買主に伝えるための書類です。
売主は、引き渡す物件が契約の内容に適合していることについて責任を負います。これが契約不適合責任(旧:瑕疵担保責任)です(契約不適合責任の基礎知識)。この書類に書いたことは、買主が了解した上で買ったことになります。逆に書かなかったことは、買主にとって「聞いていない」ことになります。
情報は、途中で止まることがある
「聞いていない」という状態は、売主が黙っていた場合だけに起こるのではありません。
売主が伝えた情報は、売主 → 売主側の会社 → 買主側の会社 → 買主という経路をたどります。この経路のどこでも、情報は止まり得ます。売主側の会社が「そこまで言わなくても」と判断することもあれば、契約をまとめたい買主側の会社が伝えないこともあります。悪意があるとは限らず、それぞれの判断が働いた結果です。
では、売主が買主に直接伝えればいいのか。内覧の場で口頭で説明し、買主も「分かりました」と応じた——それでも十分ではありません。実際に費用が発生する場面になったとき、頼りになるのは口頭のやり取りではなく書面です。「そんな説明は受けていない」と言われたとき、売主には示すものがありません。
だからこの書類は、買主への情報提供であると同時に、売主自身を守るための書面でもあります。
会社選びの段階から、この書類は使える
物件状況報告書が渡されるのは媒介契約のときですが、その前の段階でも使い道があります。
査定に来た担当者に、こう聞いてみてください。「うちは◯◯という不具合があるのですが、買主にはどのように説明していただけますか」。
この質問への答え方で、会社の姿勢が分かります。不具合をどう開示し、買主の不安をどう解消するかを具体的に語れる担当者は、告知の重要性を理解しています。逆に「大丈夫ですよ、その程度なら」と流す担当者は、後で問題が起きたときも同じ調子で処理する可能性があります。会社を選ぶときの判断材料の一つとして使えます。
代筆は、両方向から生まれる
この書類を売主本人が書かない状況は、実務では両方の側から起こります。
売主の側から
書式は項目が細かく、専門用語も出てきます。時間もない。そこで「よく分からないので、書いておいてもらえますか」と頼んでしまう。
不動産会社の側から
手続きを早く進めたい事情がある。売主が項目ごとに迷っていると、その分だけ時間がかかる。そこで「こちらで書いておきますね」「口頭で教えていただければ、記入しておきます」と申し出る。
きっかけはどちらからでも起こり得ます。しかし結果は同じです。
誰が書いても、責任は売主に残る
誰が記入したとしても、その書類に署名するのは売主であり、内容について責任を負うのも売主です。頼んだ場合も、申し出を受け入れた場合も、変わりません。
そして不動産会社は、その物件に住んでいたわけではありません。仲介のプロではあっても、その家で何が起きてきたかを知るプロではありません。10年前の雨漏りも、そのとき何をしたのかも、知っているのは売主だけです。
何が起きるのか——「言った」ことすら、証明できない
実務で見聞きする典型的な経緯を挙げます。
売主が担当者に「以前、2階の天井から雨漏りしたことがあるが、業者に直してもらってからは出ていない」と伝えたとします。それを聞いた担当者が「もう直っているのなら、雨漏りは『無』でいいですね」と判断して記入する。売主も、直っているのだからそうだろうと思い、署名する。
そして引き渡し後、大雨で雨漏りが再発します。買主は書類を見ます。そこには「雨漏り 無」とだけ書かれています。
ここで売主は「担当者には伝えていた」と主張することになります。しかし、その主張を裏付けるものが何もありません。伝えたのは口頭で、記録は残っていない。買主から見れば書面がすべてで、そこには「無」と書かれている。
つまり売主は二重の意味で立証できない立場に置かれます。買主に対しては、書面に「無」と書いた事実が残っている。会社に対しては、伝えたという事実を示すものがない。どちらに対しても、口頭のやり取りは存在しなかったのと同じ扱いになります。
本来書くべきだったのは、いつ、どこで、どの程度の雨漏りがあり、いつ、誰が、どのような方法で補修したのかという内容です。この記載があれば、買主は状況を理解した上で購入を判断できましたし、売主には「伝えた」という記録が残りました(雨漏りの範囲をめぐる争いの構造)。
実際に何を請求され得るのか
記載内容に誤りがあった場合、買主が主張し得る内容を挙げます。
- 修補請求——不具合を直すよう求められます。屋根や防水層に及ぶ工事であれば、金額は小さくありません
- 代金減額請求——不適合の程度に応じて、売買代金の減額を求められます
- 損害賠償請求——修補費用に加え、買主が被った損害の賠償を求められることがあります
- 契約の解除——契約の目的を達成できないと判断される場合、契約そのものを解除される可能性があります
「担当者が書いた」という事情は、これらの請求において売主を守る材料にはなりません。署名したのは売主だからです。
そして、これらの争いは短期間で終わりません。話し合いがつかなければ、解決までに年単位の時間がかかることもあります。
会社に非がないとは言えない。しかし、それを追及しても救われない
代筆を申し出る側に、まったく落ち度がないとは言えません。記入していた担当者が宅地建物取引士の資格を持っていない場合もあります。その場合、書類の重さを判断する前提となる知識を持っているとは限りません。資格の有無にかかわらず、この書類が後にどれほどの意味を持つかを分かっていれば、売主本人に書いてもらうよう促すはずです。
それでも、その落ち度を追及することが売主の救いになるかというと、そうではありません。理由は二つあります。
ひとつは立証の問題です。「担当者がそう言った」ことを証明するのは売主の側であり、口頭のやり取りは記録に残っていません。
もうひとつは、仮に会社の落ち度が認められたとしても、買主に対する売主の責任が消えるわけではないということです。買主との関係で契約の当事者は売主であり、そこは変わりません。会社との争いは、買主との争いとは別に、もう一つ増えるだけです。
会社が味方でいるとは限らない
買主から責任を追及される場面で、売主と不動産会社の利害が一致しなくなることがあります。売主が「担当者の判断で記入された」と説明すれば、それは会社の責任を問う話になります。会社としては「そのような助言はしていない」という立場を取ることも考えられます。売主と会社のあいだでも、言った言わないが起きるのです。
そして取引が終われば、担当者は次の案件に移っています。自社の責任が問われかねない場面で、積極的に関与し続けるとは限りません。最悪の場合、売主は単独で対処することになります。
だからこそ、「売主側の会社に伝えたから大丈夫」という考え方は成り立ちません。伝えるべき相手は買主であり、その手段は書面です(媒介契約は「契約」である)。
「こちらで書いておきます」と言われたら
その申し出は受けないでください。
記入にかかるのは、せいぜい数十分です。一方、記載を誤った場合に待っているのは、年単位で続く可能性のある争いです。
そして最も本質的なことは、この書類の内容によって将来影響を受けるのは、売主自身だということです。担当者は取引が終われば次に移り、その後の数年を引き受けるのは売主です。先のことを引き受ける人だけが、その内容を決められる立場にあるべきです。
不動産会社は「代筆者」ではなく「相談役」として使う
書き方が分からない項目は、書いてもらうのではなく、書き方を教えてもらうことです。
- 項目の意味を聞く——「この欄は何を指しているのか」を確認する
- 記載の粒度を聞く——「どこまで詳しく書けばよいか」を相談する
- 迷う事象の扱いを聞く——判断を仰ぐ。ただし決めるのは売主
- 相談した内容もメールで残す(メールで記録を残す方法)
- 記入と署名は自分でする
役割が違うというだけの話です。書類の書き方を知っているのは会社で、物件のことを知っているのは売主です。
買取であっても、同じです
不動産会社が直接買い取る場合(不動産買取とは)、相手はプロだから告知も簡単でよい、と考えたくなるかもしれません。それは違います。
買主が誰であっても、売主が負う責任の構造は変わりません。むしろ相手が事業者であれば、引き渡し後に不具合が見つかったときの対応も事務的に進みます。相手を問わず、書くべきことは書くという原則は同じです。
「後から発覚しなければいい」は、成り立たない
不具合を書くべきか迷ったとき、「書かずにおいて、後から何も起きなければそれでいい」と考えたくなるかもしれません。しかし中古住宅の取引では、この前提が成り立ちません。
買主は、理想の住まいに近づけようとする
中古住宅を買った人の多くは、入居前後に手を入れます。間取りの変更、屋根の葺き替え、外壁の塗装、水回りの設備更新。自分の理想の住まいに近づけるための工事です。そしてその過程で、壁の中も、屋根裏も、床下も開くことになります。
そこで見つかるのは、雨漏りの痕跡だけではありません。シロアリの被害、木部の腐食、給排水管の劣化——売主が生活していて気づかなかったことまで出てきます。
調べる側には、調べる理由がある
工事を請け負う会社は、工事に保証を付けるために着手前の状態を把握する必要があります。劣化が見つかれば追加の工事につながるという事情もあります。つまり、細かく見る動機があります。
さらに近年は、購入の前後に建物状況調査(インスペクション)を実施する買主も増えています。
補修の履歴は、専門家には分かる
過去に補修した箇所は、工事の痕跡として残ります。防水処理をやり直した跡、部材を交換した跡。専門家が見れば、いつ頃どんな処置がされたかの見当がつきます。
そして、きちんと直していたことが、かえって不利に働きます。何も手を入れていなければ「気づかなかった」という説明にも余地がありますが、補修した記録があれば「認識していた」ことの裏付けになるからです。
記憶も、記録として残っている
調査の過程で、近隣への聞き込みが行われることもあります。建物の履歴を確認するための手順のひとつです。そこで「数年前の台風のあと、屋根の工事をされていましたよ」といった話が出てくることがあります。近所の人にとっては何気ない記憶ですが、取引の場面では事実を裏付ける情報になります。
知りながら書かなかったことは、免責されない
契約書には、売主が責任を負う期間を限定する特約が設けられることがあります。ただし、売主が知っていながら告げなかった事実については、こうした特約があっても責任を免れることはできません。契約書の内容はサインの前に確認してください(契約書にサインする前に確認すべきこと)。
早く出すほど、価格の根拠になる
ここまではリスクの話をしてきました。しかし、履歴を早く開示することには売主にとっての実利もあります。
5年前に屋根を葺き替えた。10年前に給湯器を交換した。外壁を塗り直した。これらの情報が査定の段階で担当者の手元にあれば、それを織り込んだ価格が出せます。逆に何も伝えなければ、担当者は築年数と間取りだけで評価するしかありません。手を入れてきた家と、放置されてきた家が、同じ評価になってしまいます(売却価格はどう決まるのか)。
売り出したあとも効きます。買主から「築年数が古い」と言われたとき、「屋根は5年前に葺き替え済み、給湯器も交換済みです」と根拠のある形で返せます。値引き交渉に対する材料にもなります。
だから提出のタイミングが重要です。契約の直前に出しても、価格には反映されません。媒介契約を結んだら速やかに、可能であれば媒介契約の前から価格を決めるまでの間に、担当者へ告知と書面の提出をしてください。修補やリフォームの履歴も、あわせて開示します。
では、何をすればいいのか
1. 早い段階で、思い出す時間をとる
雨漏り、シロアリ、設備の故障や交換、増改築の履歴、近隣とのやり取り。落ち着いて書き出してください(問い合わせる前の準備ガイド)。
なお、設備を引き渡すかどうかと故障の有無は、同じタイミングで作る付帯設備表に書きます。物件状況報告書と二つで一組の書面です。
2. 記録を集める——手元になくても、集められる
工事の見積書、領収書、保証書、点検の記録。手元にあれば正確に書けます。
そして手元になくても、諦める必要はありません。
- 両親に確認する——長く住んでいる家や相続した家であれば、自分が知らない時期の出来事を家族が覚えていることがあります
- 施工した会社に問い合わせる——工事を請け負った会社が記録を保管している場合があります。何年に何をしたのかが分かれば、それが記載の根拠になります
3. 解釈を加えず、事実を書く
書式は会社によって異なりますが、記載の原則は共通しています。事実だけを書き、判断は加えないということです。
「雨漏り 無」という記載は、一見すると事実のようですが、実際には「直したから、もう無い」という判断が入っています。判断は解釈であって、事実ではありません。
事実として書くなら、次の3点です。
- いつ、どこで、どのような事象があったか
- いつ、誰が、どのような処置をしたか
- その後の状況はどうか
「◯年頃、2階洋室の天井にシミが出た。◯年に屋根の防水工事を実施。それ以降、同じ箇所での発生は確認していない」。このように書けば、読んだ買主が自分で判断できます。「大丈夫です」と伝えるのではなく、判断材料を渡すということです。
4. 買主の目で読み返す
買主が知りたいのは「安全かどうか」ではなく、「何が起きて、何をしたか」です。それが分かれば、あとは自分で判断できます。この視点で書かれた報告書は買主の不安を減らし、納得して購入した取引は、引き渡し後に揉めにくくなります。
5. 控えを保管する
提出した書類の控えは、必ず手元に残してください。何を伝えたのかを後から確認できる、売主にとっての記録になります。
それでも、書かない選択について
正直に書いておきます。ここまで読んでも、書かない売主はいます。不具合を書けば資産価値が下がる、価格交渉の材料にされる——そう考えるのは、決して不自然なことではありません。
それも一つの判断です。ただ、お伝えしたいことがあります。知らずに書かないのと、知った上で書かないのとでは、まったく違うということです。
中古住宅は買主によって手を入れられ、痕跡も記憶も残ります。書かなかった事実が後から出てきたとき、問われるのは不具合の存在ではなく、知っていて伝えなかったことです。そのリスクを引き受ける判断なのか、それとも漠然とした期待なのか。そこだけは、はっきりさせてから決めてください。
そして、もう一度だけ書いておきます。書いたことは、買主が了解した上で買ったことになります。正確に書くほど、この書類は売主の側に立ちます。

